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2007年4月25日 (水)

脂肪の志望

メタボ気味のタレントが減量なったんで、芸能界で生き残るより自分の命の方が大切だと言う、「生の尊さ」にやっとこさっとこ気がついたようなんですけれども、どっか傷んで来たんじゃないんでしょうか。
まだ、「生きる歓び」に未練を感じる年齢には見えないんですけど、その元でぶ3。
大食い競争に出る人たちの胃は、やっぱり一般人のより大いなるサイズだったんです。
お中がでないのは、その胃が背中に寄って行くんだそうです。
背中で思うんですけど、背中だかお中だか分からない、秋刀魚の食い散らしで残ってしまったような骨の状態では、いくらメタボとは程遠いんじゃないかと言ったとて、「痩せ」と言うには遠慮してしまうんじゃないんでしょうか。
好みの問題とは言うかも知れませんけれども、太りすぎもせで痩せすぎもせでが頃合じゃないんでしょうか。
モーパッサンの「脂肪の塊」と云う傑作短編は、精神が肉体の形態を良くも悪くも映すということに題材が表出されています。
でも、何んで今時、メタボメタボと騒ぐんでしょうか。
言葉は違えども、昔から言われている問題じゃないんでしょうか。
肥満児の問題も取り沙汰されてた時代もあったけど、それがメタボと騒がれたり騒がしたりする体型が増えだしたらメタボと云う言葉が右往左往するようになっちまったようです。
肥満児から肥満成人にその危機が拡大してきたんでしょうね。
そもそも肥満児とはメタボじゃなかったんでしょうか。
そういう分けの分からないことを言う小でぶ君の親御3がテレビに出てました。
閑話休題。
僕は大人初期まで、太りたくて太りたくて仕様がなかったんですけど、望みが叶って太り出したら、電車の中でも周りを見ると、お中のぺっちゃんこな連中が多いんです。
痩せていた頃は、周りは太り気味の連中だったのに、世の中ってそういうもんかもねん。
何グラムかの肉は付けて人前に出た方が、見栄えがすると思っているんです、僕は。

筆致俳句/「軽いのは太い細いの重い槍」

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